大学時代のサークルの仲間、山口三平さんが「ビル・エヴァンスと過ごした最期の18か月(ローリー・ヴァホーマン 著)」という本を翻訳したという知らせが来たので、アマゾンで手に入れました。
発行日は9月15日、ビル・エヴァンスの命日です。Eテレ「クラシックTV]で前週に「ジャズに”美と自由”を ビル・エヴァンス」というタイトルの番組を組んだのも、この流れでしょうか。
ビル・エヴァンスはアメリカ生まれ。6歳でピアノを始め、音大のピアノ科と作曲科を優秀な成績で卒業しました。選抜者のコンサートでバッハ「前奏曲とフーガ」、ブラームス「幻想曲Op.116」、ショパン「スケルツオ2番」、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」と、王道のプログラムを弾いていたのは意外でした。もっとモダンなドビュッシーやラヴェルなら納得ですが。
やがて彼は新しい音楽、響き(和音)に興味を持ち、1950年代に巨匠マイルス・デイビスと出会って、ジャズ界に革命を起こしました。彼のピアノトリオの演奏による「枯れ葉」や「いつか王子様が」「ナルディス」は私も大学時代に繰り返し聴き、レコードコピーもしました。1980年に来日公演のチケットを取っていたのに急死、公演が中止になったのをうっすら覚えています。享年51歳。
当時は美しいサウンドに魅了されていただけでしたが、2年前に観たドキュメンタリー映像作品「タイム・リメンバード」には衝撃を受けました。活躍の陰には薬物中毒、最初の妻と兄の自殺、そして突然の幕切れがありました。
今回本を読むと、それを物語る壮絶なドラッグ依存症の日常が赤裸々に記されていました。著者は最後の恋人、当時22才だったローリーです。彼女が物書きだったおかげで、貴重な手記が残されたのは幸いでした。
後世に名を残す作曲家の多くは繊細、早死。身体が弱いから作曲家になるのか、作曲にのめりこむから病むのか…。
そう思って少し調べてみたらあら意外、結構長生きの作曲家もいるんですね。ワーグナーやラフマニノフは70歳、フィンランド出身のシベリウスはなんと92歳まで存命だったようです。(参考ページ→こちら)
ローリーはその後結婚して2児をもうけたことを巻末の謝辞で知りました。悲劇から立ち直ったローリーにも賛辞を贈りたいと思います。本を送り出すという使命が、彼女を支えたのかもしれませんね。